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東京高等裁判所 昭和36年(行ナ)60号 判決 1963年2月07日

原告 マルト莫大小株式会社

被告 近藤布帛株式会社

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、請求の趣旨

原告訴訟代理人は、「昭和三五年審判第一九〇号事件につき特許庁が昭和三六年四月二六日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求めた。

第二、請求の原因

原告訴訟代理人は、請求の原因として次のとおり述べた。

一、原告は、登録第四六二、二四七号商標の商標権者であり、右商標は、原告が昭和二九年三月二五日登録出願をなし昭和三〇年三月一五日登録されたもので、旧商標法施行規則(大正一〇年農商務省令第三六号)第一五条所定の商品類別中第三六類「被服、手巾、釦鈕及び装身用ピンの類」を指定商品とし、別紙記載のように「maltbon」なる筆記体欧文字で構成されるものである(以下原告の商標という。)また、被告は登録第四九四、九五〇号商標の商標権者であり、同商標は、被告が昭和三一年三月二七日登録出願をし、昭和三二年一月二八日登録されたもので、前記商品類別第三六類「シヤツ」を指定商品とし、別紙記載のように「Bonmlt」なる筆記体欧文字と、これを、その両端の「B」および「t」の文字が輪廓外に位置するように、上下からそれぞれ内向きの半円弧をもつて円形輪廓状に囲繞したものとから成るものである(以下被告の商標という。)

二、原告は、右被告の商標が原告の商標と類似し商品の誤認混同を生ぜしめるおそれがあり旧商標法(大正一〇年法律第九九号)第二条第一項第九号および同第一一号に該当するものであるとして、昭和三五年三月二九日特許庁に対し被告の商標の登録無効審判の請求をしたところ(同年審判第一九〇号)、特許庁は昭和三六年四月二六日原告の申立は成り立たない旨の審決をし、その審決謄本は同年五月一三日原告代理人に送達された。

三、右審決は、原被告の両商標は外観・称呼・観念のいずれの点においても類似するところがなく、商品の誤認混同を生ぜしめるおそれがあることは認められないとしているが、右は以下に述べるように判断を誤つたもので違法の審決であるから取り消さるべきである。

(一)  外観について

被告の商標の構成は前記のとおりであるが、そのうち左右両側を欠いた輪廓(二つの半円弧)は、離隔的に観察した場合特に取引者の注意を惹くものではなく、同商標の重要な構成要素をなすものではない。したがつて、結局同商標と原告の商標との外観の類否は、Bonmltとmaltbonとの外観類否の問題に帰着するのであるが、両者は、「Bon」「bon」の文字を接頭語とするか接尾語とするかの点および「mlt」「malt」の部分における「a」の有無という点に差異があるにすぎず、時と所を異にしてこれを観るときは、外観上類似するものというべきである。

(二)  称呼について

原告の商標から「マルトボン」の称呼が生じ、また被告の商標から「ボンムルト」の称呼が生ずることは明らかであつて、両者は「ボ」「ン」「ル」「ト」の四音を共通にし、他の音が「マ」と「ム」の違いがあるにすぎず、しかも「マ」と「ム」はともに五十音のマ行に属する音であり、発音の近似するものである。

もつとも、右五音の配置が両者で異なることは審決に述べているとおりであるけれども、それも一方が「マルト」の三音を接頭語、「ボン」の二音を接尾語としているのに対し、他方は「ボン」の二音を接頭語、「ムルト」の三音を接尾語としているという点で配置が異なつているにすぎないのであつて、いずれも接頭語の部分と接尾語の部分とをそれぞれ連続して発音するものであるから、発音の強調部をどこにおくかによつては、全く紛らわしいものとなることが明らかである。

そして、また、両商標中「ボン」の称呼を生ずる「Bon」「bon」なる語は、後述のように特定の意味を有し消費者層に極めて親しみをもたれ、習熟された語であるに反し、「malt」、「mlt」はそれ自体なんらの意味をも有せず、これらは実際取引において観念としてはなんら把握されず、ただ音声によつて僅かに印象される程度のもので、これを強く印象づけるものがないだけに正確な記憶としては残りにくいものであり、このような近似音の微差は称呼の混同を極めて惹起しやすいものである。それゆえ、迅速を尊ぶ商取引の実際に即して離隔的に考察するときは、その配置の前後にかかわらず、「ボン」のみが強く印象されて記憶に残り、近似音である「マルト」・「ムルト」については正確な区別をなし得ず、結局全体的称呼としては混同をきたしやすい関係にあることは明らかである。

(三)  観念について

審決は、両商標とも造語であるから一連不可分にみるべきであり、その一部分を特に抽き出して特定の観念をあてはめて比較すべきでなく、また造語であるから元来比較すべき観念が生じないものであるとしているが、右は極めて機械的な画一的判断であり、取引の実情に即しないものである。

本件両商標中「ボン」の称呼を生ずる「Bon」「bon」は、上品・優美等の特定の意味を有する語であり、終戦後のジヤズ・歌謡曲の異常な流行とともにマスコミの波に乗り、「セ・シ・ボン」・「ボンジユール」・「ボン・ソアール」というように「Bon」・「ボン」と連鎖する語が一般需要者および取引者の間に日常の言葉としてさかんに使用せられ、それだけに「Bon」・「ボン」はこれらの者に親しみのある語となつている。これに反し「malt」「mlt」は無意味語であるから、一般需要者および取引者は「Bon」・「bon」を軸として本件両商標を記憶するものと考えられる。そして、「特定の意味を有する語に無意味語を結合して一個の商標を形成している場合には、この二つの語は取引上分離され、特定の意味を有する語のみについて独立の称呼・観念を考察すべきである」ことは、既に審決例でも認められているところであり、本件のような場合には「Bon」・「bon」の語を抽出して観念についての類否を考察することはなんら不当でなく、本件両商標は観念の点からも互いに類似するものというべきである。

(四)  商品の誤認混同のおそれについて

1.原告会社の前身である「マルト莫大小卸組合」は昭和二二年商工省登録卸商として認可を受け、メリヤス製品の卸販売を主たる営業としてきたが、昭和二三年七月これを改組し、商号を現在のとおり「マルト莫大小株式会社」として原告会社を設立し、引き続きメリヤス製衣料品を主として販売することになつたものである。そして、これらの商品には「マルト」・「malt」・「maltbon」等の標章を当時より継続して使用してきたものであり、これらの標章を附した商品は、戦後の旺盛なる需給関係と相まつてたちまち原告会社のメリヤス製衣料品として声価をあげ、且つ原告において多額の宣伝費を投じてラジオ・テレビ・雑誌等により全国的に宣伝広告を行なつてきたため、いよいよ周知著名となつてきた。ところが、前記標章が取引上周知となるや、これと類似の標章を使用する業者があらわれ、商品の出所につき誤認混同をきたすような事態がしばしば発生するに至つたので、原告はかかる事態の発生を防ぐため、昭和二九年三月本件原告の商標の登録出願をし、前記のように昭和三〇年三月その登録をみるに至つたのである。

2.以上の次第で、被告の商標の登録出願がなされた昭和三一年当時には、原告の商標は、その指定商品との関係において既に周知著名となつていたのであり、右両商標が前記のように類似の関係にあり且つ指定商品も共通するものである以上、前記被告の商標はその出願当時既に旧商標法第二条第一項第一一号にいわゆる商品の誤認混同を生ぜしめるおそれのある場合に該当するものであつたというべきである。殊に被告は、前記商標の登録に次いで昭和三三年五月同登録商標の連合商標として旧第三六類シヤツを指定商品として、「Bonmalt」の筆記体欧文字と「ボンマルト」の和文字を要部とする商標の登録出願をしており、同商標が原告の商標とますます酷似するものであることは明らかである。そして現在被告がさかんに使用しているのはむしろ右連合商標の方である事実からみれば、本件被告の商標の登録出願の目的は、その商標を附した商品を販売し自己の営業上の信用を増大せしめるという商標法の本来の趣旨から逸脱して、前記のような連合商標を取得することに主たる目的があつたことは想像に難くない。してみれば、仮に本件被告の商標の登録出願当時までに現実に前記のような誤認混同を生ぜしめた事実がなかつたとしても、少くとも将来誤認混同を生ぜしめる危険性ないしは前記のような不当な連合商標の登録出願のなされるおそれは、本件被告の商標の登録出願当時既に存在していたものというべく、右登録出願は当然拒絶せらるべきであつたのである。

四、以上の理由により、本件審決は違法のものであるから、これが取消を求める。

第三、被告の答弁

被告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、原告主張の請求原因に対して次のように述べた。

一、原告主張の一・二の事実は認めるが、三の見解についてはこれを争う。

二、(一) 原被告の本件両商標が外観上類似していないことは、両商標の構成からみて明らかである。

(二) 原告の商標は「マルトボン」と、また被告の商標は「ボンムルト」と、それぞれ一連に英語風の発音をもつて呼称するものとみるのが取引の実際に徴して相当である。そして両者は、「マルトボン」に対し「ボンムルト」と五音の配置が全く異なつているので、両者の発音から受ける印象は明らかに相違しており、離隔的に考察しても誤認混同のおそれはないものというべきである。

(三) 本件両商標はいずれも完全な造語によつて成るものであり、それらからなんらの観念をも生ずるものではない。「Bon」・「bon」が上品とか優美とかを意味すると直感する者は一般取引者間にはほとんどないはずであり、したがつて両商標から右の部分を抽出して両者が観念を同じくするとみるのは取引上の経験則に反するものといわねばならない。

(四) 前記のように両商標は、外観・称呼、観念のいずれの点においても類似するものではなく、これを同一または類似の商品に使用しても商品の誤認または混同を生ずるおそれは全くない。

したがつて、原告の本件商標が原告のものとして取引上著名であつたかどうかを論ずるまでもなく、本件被告の商標が旧商標法第二条第一項第一一号に該当するものとはなし得ないわけである。

(五) 被告が上下に半円弧を付した「Bonmalt」の英文字および「ボンマルト」の和文字から成る商標につき登録出願をしていることは事実であるが、右商標はなお未登録のものであり、それと原告の前記商標との類否の問題は本件とは別個に判断せらるべきことであり、本件両商標の類否等の判断にあたつて顧慮せらるべきものではない。しかも、前記「Bonmalt」「ボンマルト」の商標を附した商品シヤツ類は原告の前記商標を附した商品シヤツ類と明確に区別して取り扱われており、その間誤認・混同のおそれは少しもない。いずれにしても、被告の本件商標を無効とすべき事由があるという原告の主張はいずれも理由のないものである。

第四、証拠関係〈省略〉

理由

一、原告主張の一、二の事実については当事者間に争いがない。

二、前記の当事者間に争いのない事実と成立に争いのない甲第一、第三号証を総合すれば、原告の商標は、旧第三六類「被服、手巾、釦鈕及び装身用ピンの類」を指定商品とし、「maltbon」の英文字を別紙表示のような筆記体で横書きして成るものであり、また本件被告の商標は、旧第三六類「シヤツ」を指定商品とし、「Bonmlt」の英文字を別紙表示のような筆記体で横書きし、その両端の「B」および「t」の文字が輪廓外に出るように上下からそれぞれかなり太い線で内向きの半円弧を描き円形輪廓状にほぼ囲繞するようにしたものとから成るものであることが明らかである。

三、そこで、右両商標について、その外観・称呼および観念の点における類似性が認められるかどうかについて順次検討する。

(一)  前記認定のように、被告の商標は両半円弧による太い輪廓線を有するのに対し、原告の商標はこれを有しない点、および後者は小文字mで始まる「maltbon」の英文字であるのに対し前者の英文字の部分は大文字Bで始まる「Bonmlt」であることを合わせ考えれば、両者は、離隔的に観察してもなお外観上類似するものとは認め得ないものといわねばならない。

(二)  両商標の前記構成からみれば、原告主張のように、原告の商標から「マルトボン」の称呼が生じ、被告の商標から「ボンムルト」の称呼が生ずると解するのが相当であり、両者は「ボン」の共通音を有し、「マルト」と「ムルト」の部分においても「ルト」の共通音を有するものといえる。しかしながら、両者は「ボン」の発音部分―したがつてまた「マルト」と「ムルト」の発音部分―の位置が倒置関係にあるうえに、「マルト」と「ムルト」の間にも「マ」と「ム」の相違があるのであつて、「マ」と「ム」が同じく「マ」行に属する音であるとはいつても、両商標の全体としての発音から受ける印象はかなり相違しており、このことは、両者の発音の強調部分を語首の方におくか語尾の方におくかによつて大して変りはない。(強音部分を一方では語首の「ボン」に、他方では語尾の「ボン」において比較するのは妥当でない。)

また、「Bon」「bon」の語が原告主張のように上品・優美等の意味を有するとしても、英語の普及度に比しその他の外国語の普及度の著しく劣つている現時のわが国においては、右の語が原告主張のような意味を有する語として一般取引者および需要者間に極めて親しみをもたれている語であるとか、原告主張の「セ・シ・ボン」・「ボンジユール」・「ボン・ソアール」等の語が日常語として広く使用されているとかいう事実はとうてい肯認し得ないところであつて、したがつて、両商標の称呼のうち「ボン」の発音部分のみが聴者に強く印象づけられ、全体として称呼上混同をきたし易いとの原告の主張もこれを採用するわけにいかない。結局、両商標は、称呼上も互いに類似するものでないと認めるのが相当である。

(三)  両商標中「Bon」「bon」の語が原告主張の意味を有するものとして広く認識使用されているものでないことは前述のとおりであつて、他に両商標とも特定の意味を有するものとして広く理解されていると認められる語を構成部分として有しない以上、両商標の英文字はいずれも全体として一個の意味のない造語として取り扱うのが相当であり、したがつて、両者間に観念上の類似性を認めることもできないものというべきである。

四、そこで次に被告の商標が原告主張のように旧商標法第二条第一項第一一号に該当するかどうかについて判断する。

原告会社が昭和二三年七月中「マルト莫大小卸組合」を改組して設立されたものであり、爾来メリヤス製衣料品の販売を業としてきたことは被告の明らかに争わないところであり、成立に争いのない甲第一四ないし第四二号、同第四五ないし第四七号証に口頭弁論の全趣旨を総合すれば、原告会社は昭和二八年頃以来前記「maltbon」の商標を右商品に使用し、その頃より昭和三〇年七月頃まで(昭和二九年中の一部を除く)、毎週一回放送によりこれが宣伝広告を実施してきたことが認められる。

しかし、他の方法による宣伝広告の事実についてはこれを認めるに足る証拠がなく、前記事実のみを以てしては本件被告の商標が登録された昭和三二年一月当時前記両商標を附した指定商品につき出所の誤認混同を生ぜしめるおそれがあるものと認められる程度に前記原告の商標が周知著名となつていたとの原告主張事実を肯認すべき心証を惹起するには十分でない。前記甲第一四ないし第四二号証(証明書)には、原告の前記商標の使用開始時についての記載はあるけれども、同商標の周知性についての基準日時が不明瞭であり、したがつてこれらは前記原告主張事実を肯認すべき証拠とするに足りず、他にこれを認めるに適切な資料はない。

五、なお、成立に争いのない甲第五号証によれば、被告が昭和三三年五月八日「Bonmalt」の筆記体英文字に本件被告の商標と同様な上下両円弧による輪廓を附しその下に「ボンマルト」の和文字を左横書きして成る商標につき、旧第三六類「シヤツ」を指定商品とし、本件被告の商標に連合するものとして登録の出願をし昭和三五年一月一九日その出願の公告がなされた事実が認められる。右の商標はその構成を前記原告の商標と対比し、且つ右連合商標登録出願当時までに原告の商標の声価の上昇如何等の事情と関連し、その登録要件の有無について、本件被告の商標と同一に論じ得べきかは問題であろう。けれども、そのことは、本件両商標の類否その他本件被告の商標自体の登録要件ないし登録無効事由の有無とはおのずから別個の問題であり、原告において右被告の連合商標の登録出願につき異議の申立をなしもしくは登録後にこれが無効審判の請求をするのは格別、右連合商標の登録出願のなされた事実から逆に本件被告の商標自体が本件原告の商標を附した商品との間に誤認混同を生ぜしめる危険性を包蔵していたものであるとしその他本件被告の商標自体に無効事由ありとするのは妥当を欠くものといわねばならない。

以上説明のとおりで、本件被告の商標の登録につき無効事由ありとする原告の主張はいずれも理由がなく、原告の無効審判請求を排斥すべきものとした本件審決にはなんらの違法もない。よつて、同審決の取消を求める原告の本訴請求は失当としてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条民事訴訟法第八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 原増司 多田貞治 吉井参也)

(別紙)

被告の登録第494,950号商標〈省略〉

原告の登録第462,247号商標〈省略〉

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